2006年4月4日火曜日

あんな~時代も~あっ~たねと~♪

実は、私は強迫性障害を患っている。
でも、つい最近に始まったことではなく、遡れば自分がまだ中学3年生だった頃にその兆候はあった。

・物が左右対称でなければならない、とやけにこだわる。
・物が自分の中での『正しい』状態でなければ、何か悪いことが起こる。
・目には勿論見えないが、『汚れている』と感じるとすぐさま手を洗う。しかも、5分おきに。
・自分の頭の中にある『ルール』を無視することはできない。だから、その『ルール』を遵守されないで物事が進むのは苦痛である。
・他人が触った物を自分が触ると、そこから何かが自分の中に入ってきて自分の精神を乗っ取ろうとする、という妄想もしくは強迫観念。


などなど、数え上げればきりがない。
しかし、自分の頭の中をいちばん占領する意識は最後に挙げた『強迫観念』だ。

ここで勘違いをする人がいるかもしれないので、一応書いておくと、『強迫』と『脅迫』では意味がまったく異なりますので…。

『強迫』…不合理だと自覚しながらある観念や行為にとらわれ、抑制できないこと。
     相手を自分の意に従わせるため無理強いすること。
『脅迫』…他人にあることを行わせようとおどしつけること。

(以上、大辞林より)

中3の頃は、自分が『きれい好き』なだけだと思っていられたが、高校に入るとそれが『きれい好き』では済まなくなった。いわゆる進学校にかなり良い成績で入学した私には、周りからの期待という重圧が圧し掛かり、それが私の『きれい好き』を『強迫観念』にまで仕立て上げたのだと思う。そのことのについて、誰が悪いとも別に責めようとは思わないし、責めたって何にも変わらない。自分のレベルが世間の期待についていけなかったのだから、結局は自分自身の責任だ。

そして、高校3年間は『得体の知れない妄想』に取り憑かれたまま過ごしていくことになった。
自分の人生の中で最もダークな時代、それが高校時代だった。
強迫性障害を患うと、まず間違いなく「自分は気が狂ってしまった」と思うに違いない。事実、自分自身そう思っていた。しかし、当時の自分は発想が豊かだったのか、それとも、やはり頭がおかしかったのか、次のように考えてしまった。

「気が狂ってしまったのなら仕方がない。だったら、気が狂ってしまっていても、それを逆手に取ることもできるはずだ」

つまり、『天才と呼ばれる人には常軌を逸した人が多い』という通説を、自分に当てはめてしまえばいいことだ、というふうに考えた。要は、「おれはこれから天才になるんだ!!」という発想にどういうわけか行き着いてしまった…(苦笑)。ものすごい飛躍だ。

そこから、ただでさえ読書の好きな少年がさらに読書を好きになり、哲学というハードルの高い世界へ飛び込むことになるのだった。

To be continued....

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