2006年6月26日月曜日

マスコミの過剰報道は何を生むんだろう?

So-net blog:まぐれ気まぐれ書きなぐれ:報道は何を産む

以前から私が気にしていたことをきちんと言葉にしてくれていたブログを見つけて、
「こんなふうに考える人は自分ひとりではないんだ」
ということを感じてホッとしました。

近頃、親が子供を殺める、とか、子供が親を殺める、だとかいった事件が連日のように報道されて、そのひとつひとつの事件に「羞恥心はないのか?」と思うほどマスコミが追いかけて過剰報道をしていく。
そんな報道(ワイドショーもニュース番組も含めて)を繰り返される度に、そんな同じ話ばっかりなぜ流す?と不快感を覚えずにはいられない。
特に、ワイドショーのコメンテーターとか呼ばれる人物たちは、自分がいかにも正しいことを言っている、ということを自慢げにたらたらと話す。

最近のメディアはひとつひとつの事件を面白がって、誇張して過剰に報道している傾向が強く思われる。それは視聴率至上主義というメディア側の言い分があるのかもしれないが、報道という名の下に何をやってもいいという理屈は通らない、と思う。論理的には、法の下でメディアには国民が知りたいと思うことを報道する権利がある、という建前を振りかざすだろう。それはそれで理屈に合っているだろし、法律でそういうふうに書かれているのなら仕方がない。
しかし、法律がやってもいいというのであったら、何をやってもいいのか?という疑問が沸いてくる。

マスメディアはとてつもない力を持っている。
それは立法・行政・司法の三権に大きな影響力を与えるほど、マスメディアは巨大な存在になってしまった。それは上記の三権に属する誰もが無視することができないことだろう。まさに『ペンは剣より強し』なのだ。
だからこそ、日本の加熱しすぎている過剰報道にもう少し倫理を持ってもらいたい。

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