2006年6月27日火曜日

統合失調症あるいは精神分裂病


図書館で借りた本をまだ読めてないので、今夜中に一気に読み終わるつもりです。それがこの本です。タイトルも『統合失調症あるいは精神分裂病』

かつて精神分裂病と呼ばれていた病気が統合失調症と呼称が変わって数年経つのかな。名前が変わったといえば、痴呆症が認知症に変わったというのもあるけれど、この名称変更のポイントは以前の名前の響きが与えるイメージが強烈過ぎる、というのがシンプルな理由だろう。

そのときも思ったのだけれど、名称を変えても人々のそれらの病気に対する理解が深まらなければ、名前を何度何度変えようと根本的な問題は解決しない。その辺のことは、この本の冒頭の部分でも同様に述べられている。

マニアックな分かり難い例を挙げれば、Zガンダム中でかつて赤い彗星ことシャア・アズナブルクワトロ・バジーナと名前を変えようと、その当人を知っているアムロやブライト艦長からしたら、結局は赤い彗星のシャア以外の何者でもないのだ

そんなことはいいとして、本書での統合失調症に対する見解はとても面白い。私がかつてアメリカの精神病院でインターンをしていたときに感じたことや「こうしてみたらどうだろう?」と思いながらも怖くてできなかったことなどが書き連ねてある。
たとえば、統合失調症患者の妄想にこちらから能動的に関わってみる、というのは私がやろうとしててできなかったことのひとつ。相手の妄想の中に飛び込んで、患者の妄想の中にいながら徐々にあるべき状態に戻していく。

しかし、これにはそれなりの覚悟が必要だし、妄想の中に飛び込んでいる自分自身を客観的に見ている別の自分自身も同時に介在しなければならない。当時の私にはそんな芸当はできるわけなく、ただの頭の中の仮説でしかなかった。
でも、この著者(もちろん、精神科医)はそれをやってのけてる。結果は良好。

医療において患者の視点に立つというのはとても大切なことなのだけれど、精神科ほどそれが必要とされる現場はないのではないかと思う。自分が心理学科の学生だった頃、よく世話になっていた教授に
「コミュニケーションに必要なものは共感で、相手の見ている世界を見れるようにならなければならない。それがなければ、本当の共感には至らない
ということをよく言われた。それが今でも骨の髄まで染み付いているのか、常に自分と他者の視点で物事を見るようにしている。コインは見方によっては円でもあるし、長方形でもある。見ている対象はひとつのものでも、相手が自分と同じように見ているとは限らないのだ。

統合失調症に限らず、すべての病気を診るときに一番必要なスキルはそこなんじゃないか?と改めて考えさせてくれる一冊です。

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