2006年9月27日水曜日

父の退院

父が動脈瘤破裂で入院してから1週間が経ち、私もそれなりになんとか仕事のペースを安定させていた。

しかし、得意先から送られてくる仕事の量は半端なく、留まるところを知らない…。

父が入院して心配してくれているのではあろうが、得意先はそれを知らないがのごとく、ポンポン仕事を送ってくる。
しまいに私は切れそうになって、

“アンタら、面白がってそんなにポンポン仕事を送ってんのか!?”

と怒ってやりたくなったが、それはこちらの事情。
あちらにはあちらの事情があるというものだ。

そんな中、妹は相も変わらず手伝いも何もしない。
ただひたすら(?)、子供の世話をせっせとしているだけである。
しかし、そのうち子供(1歳)が私に馴れてくると、子供の面倒までこちらが見るようになってしまった。

いったい、何なんだ…?

そして、私は父の代行、家事(主に食事)、子守りの三役をすることになってしまった。

毎晩午前2時くらいまで仕事だのをやっていて、翌朝7時には起きる。
まあ、実質の睡眠時間は3時間くらいか。
それなりに一応、自分に必要な睡眠時間は取れていた。
しかし、それでも疲労というものは人知れず溜まっていくもので、週の真ん中の水曜日や木曜日あたりになると、さすがに“正直しんどい”という状態である。

そんな中、唯一心救われる時間が愛犬との語らい。
もちろん、話す犬ではないからこちらが一方的に語りかけるのだけれど、こちらとしては親バカなのか、相手がちゃんと言葉を理解しているように見えてくる。それで毛繕いや頭をなでてやったりしながら話をするのである。まあ、これはペットを飼っている人にはよくある光景だと思うけれど…。


そうこうしているうちに、父が入院してから2週間以上が経った。
母や妹は何度かお見舞いにいっていたが、私は2回くらいしか行けなかった。仕事を前に進めるためには、私がDTP作業を止めてはならないのだ。ただひたすら黙々とやらなければならない。
当初予定であった退院予定日を過ぎても、父の退院は決まらない。
そんな状態でいると母が心配してくるのだが、3週目には退院してくるだろうと私は思っていた。
第一、父が入院を楽しめる人間ではない。もちろん、入院を楽しめるような人なんて、そんなにいないだろうけれど…。
私も子供の頃に1週間ほど入院していたことがあったが、入院生活というのはそれなりに体調が良くなってくるとつまらないものである。私は1週間のうち5日間高熱を出していたが、ベッドの上でじっとしているのはとてもつまらなかった。

案の定、退院を父の方から医師に提案していったようである。
結局、虚血状態も改善し、熱も治まり、自宅で療養すればいい範囲になってきたので、晴れて退院という運びになった。
それはそれでいいのだが、家の方は大忙しで父の退院を素直に喜べる状態ではなかった。

退院するなら、こちらに相談しろよな!!
それから、退院するにももう少しタイミングってものを考えろ!!

と愚痴をこぼしながらも、父は退院して家に帰って来た。
まあ、これはこれで良しと考えるしかないか…。

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