2006年12月3日日曜日

「闇に惑いし哀れな影よ,人を傷つけ貶めて、罪に溺れし業の魂(たま)…イッペン、死ンデミル?」

地獄少女をご存知でしょうか?

『なかよし』でも漫画版の地獄少女が連載されていますが、こちらの企画が先発でアニメが後発です。
でも、発端はほとんど同時期に近いものだそうですけど…。

一度でもアニメを見た方は、そのはじまりが『必殺仕事人』っぽいと思われるかもしれませんが、どうやらそのコンセプトで作られているそうです。その辺のことをwikipediaで詳しく説明してあるので、こちらを参照してください。

さて、ここから本題です。

この『地獄少女』、本編の中で必ず『人を呪わば穴二つ』という言葉が出てきます。
人を呪い殺すことの代価がただであるはずはない、ということを地獄少女こと閻魔あいは、依頼主に必ず伝えます。

人を呪い殺し地獄に流す代償として、依頼主の魂も死後地獄に流されてしまいます。

しかし、たいていの場合、依頼主は自分の魂が地獄に行くということを承知の上で、自分が憎む相手を呪い殺し、地獄少女たちにその魂を地獄に流してもらいます。

憎しみや呪いといった感情は自分を破滅へと導くのは、アナキン・スカイウォーカー(ダースベイダーですよ)の例を見るまでもなく、私たちの住む日常の中で日々起きていることです。ニュースに流れる傷害事件や殺人事件の原因は、根本的に憎しみや呪い、妬みといった感情が発端となっているものばかりです。もちろん、最近ではそれらに該当しないものも出てきていますが、元をたどれば結局これらの感情にたどり着くはずです。

宗教的倫理観がなくとも、人を殺めてしまえば自分がその後どういう運命を辿るかというシュミレーションは起こらないのでしょうか?

などと書き立てても、実際は頭に血が上り冷静な判断などできない状態でしょうから、そういうことを望むのはなかなか難しいと思います。しかし、冷静な判断を失わないように未然に防ぐ手はないものか?と考えた場合、それはもう幼い頃での教育やしつけに頼らざるを得ないと思います。そのために『人を呪わば穴二つ』という言葉の意味をきちんと教え込んでおく必要があると思います。

そのためにはこの『地獄少女』はいい材料になるかもしれませんし、『鋼の錬金術師』なんかもいい教材になるかもしれません。


『鋼の錬金術師』
の場合、『等価交換』というキーワードが出てきます。それは何かを得るには、それなりの代償を支払わなければならないということを示しています。物語の主人公であるエルリック兄弟は病のために亡くなった母親を生き返らせるために、人体を構成する物質をすべて集めて錬金術で母親を錬成しようとしますが、人間というものはただの物質の固まりではなくそれ以上のものであることを思い知らされるかのように、兄のエドワードは右腕と左足を失い、弟のアルフォンスは体そのものを失ってしまい、エドワードによって奇跡的に鎧に魂のみを定着させられて九死に一生を得ました。この物語はいまだ進行形なのでこの先、この2人がどういう運命をたどっていくのかは分かりませんが、命の神秘さと尊さを考えさせてくれます。

これらのことから考えると、世の中すべてプラスで考えていく方がいいのかもしれません。
プラスで考えるというのは、前向きに考えること、つまり、Positive thinkingのことではなく、人生はすべて足し算で成り立っているということです。マイナスに捉えられるような出来事でも、それはマイナスがついているだけで、基本は足し算で考えるべきです。自分の人生に起きることはすべて足し算で起きていく。そう考えると、自分のした決断や判断が導く結果について責任のありかがはっきりするのではないしょうか?もっとも、責任を回避されては困りますが…。しかし、『人を呪わば穴二つ』とはそういうことです。何かを得ようとするならば、それなりの代償は払わなければならない。つまり、プラスマイナス0になるようになるのです。

すべては最後には無に帰す、ということなんでしょうか…。

0 件のコメント:

Zenback