2006年12月30日土曜日

今年も残りわずかとなりました。

このころになると、あちこちのブログで同様のタイトルもしくは内容が見受けられることでしょう。だって、今年も残すところあと1日ということになりましたからね。

そういうことで、自分にとっての2006年を振り返ってみようと思います。

1月から始めて…

これまで通り、1月のメインイベントはセンター試験でした。
そう、私は医学部再受験組。今年は仕事を退職して受験に望んだわけです。苦しい生活を強いられましたが、目指すものがあるという幸せと引き換えだと考えて、その苦しさに甘んじていたわけです。
センター試験は見事玉砕。英語は満点という快挙を成し遂げるも、数学が足を引っ張って医学部を受験するにはリスクばかりの点数を叩き出してしまいました…orz


そして2月。
センター試験の後に来るものといえば、受験校での2次試験。
この年は熊本大学に行ってきました。ここでも多くは語りません。数学が致命傷です。
そう、元々理系ではないので数学は好きでも苦手。いったい数学の何が苦手かというと、答えの答案を作成していくこと。で、結局、とどのつまりは日本語に問題アリ…ということでしょうか…orz


3月。サクラサクを期待しながらも結果は惨敗。
付き合っている彼女から別れを切り出されても仕方がないとの覚悟を決めていましたが、どうにかこうにか今現在でも続いています。普通なら捨てられてもおかしくはない展開なのですけれど、彼女の心の広さに救われています。
しかし、住まいを帰ることになり、実家のある岡山県へ引っ越し。同時に、持病である強迫性神経症の治療を開始。15歳のときからの悪友なので、なかなか一筋縄では治らないのは覚悟の上でした。


そして、4月。
実家の仕事を手伝いながら勉強を開始。
しかし、実家の仕事の手伝いが自分の起きている時間のほぼ9割を占めている(フツーの生活ですよ、もちろん)ので、勉強なんてまともにできない始末。6月から開始されるであろう、医学部がくし編入試験のための勉強なので表面を触るくらいしかできず、おまけに勉強をしようものなら親に怒られるという状況になってました。勉強をしようとして怒られるというのは、大人だからこそありうる現象。学生の皆さんには想像できない状況かも知れません…。


5月。医学部学士編入の出願開始。
とはいっても、勉強がろくに進んでいないので正直受けるベキか否かに悩みます。
私は週刊少年ジャンプ(以降、ジャンプと表記)が好きなのですが、ジャンプに登場してくるキャラクターは勝ち目がないと分かっていても、『誇り』や『友情』のために果敢に戦いに挑みます。そして、見事に勝利する。もちろん、ズタズタにやられながらも最後には勝つ。それがジャンプのマンガの王道です。そして、私もジャンプを読んで育った人間なので、そういったジャンプ特有のDNAは骨の髄だけではなく、脳の随まで刷り込まれています。したがって、賞味1ヶ月しかないという勉強期間で岡山大学医学部に挑みます。

『Bleach』の一護は3日で卍解に至った。ならば、自分も1ヶ月という猶予があれば医学部に合格できるだけの学力を身につけられるかもしれない!!

というような妄想を抱き、早速勉強に取りかかります。もちろん、仕事も同時並行です。
ぶっちゃけ、めちゃくちゃしんどい…。


6〜8月。医学部学士編入試験。
岡山大学に向かう。

1ヶ月間という短期間にしてはなかなかイケテルんじゃないか…とふと考える。

しかし、現実はそんなに甘くはない。
何が原因かはよく分かりませんが玉砕。

まぁ、原因は分析するまでもなく、学力不足以外の何ものでもないでしょう。
比喩を使って表現すると、森がどれくらい広い森であるか、何の木の森であるかを理解はしているが、それらの木にとまっている鳥や昆虫などの名前を知らない、というところでしょう。つまり、大筋は答えられるが、細部が足りない。それが決定力不足。

岡山大学以外には山口大学を受ける。
わざわざ山口まで受験に行きましたけれど、これも玉砕。
結果を分析すれば、やはり学力不足。

だいたい、試験に合格しないというのは9割がたが学力不足だと思う。いや、それがすべてだと言ってもいいくらいだ。とどのつまり、自分には学力が完全に不足している、という結論に至る。



9月。
ここからがキツい生活の始まり。
父親が肝硬変でぶっ倒れる。
おかげで自分が父親の仕事を代行することになり、それまで遅れていた仕事のペースを正常に戻し、売り上げを右肩上がりにすることに。それはそれで母親には売り上げが上がったことで喜ばれたわけだけれども、自分自身としてはただでさえ『学力不足』という結論を出している自分の学力レベルに、この状況は正直かなりキツい。ほんとに勉強できません。朝、目が覚めた瞬間から仕事モードです。そして、寝るのは仕事場の床の上。つーか、疲れて風呂に入って布団に入るというプロセスが踏めないくらいヘロヘロだったんです。

で、父親は3週間の入院を経て我が家に戻る。
肝硬変という病気は肝臓がゴツゴツの固い繊維状になってしまい、その機能をほとんど失ってしまう病気なので、飲酒は基本的に厳禁です。そもそも父親が肝硬変になったのは、かなりの量の飲酒を常習していたからなのです。

後々の話になるけれども、この1ヶ月後には飲酒を始める。

病人なら病人らしくしろや!!と言いたいが、そこをぐっとこらえる…。


10〜11月は仕事と勉強の両立期。
父親はもはやあてにならないので、自分が仕事を進めていくことに…。
注文が来たら早速取りかかる。午前中にIllustratorで仕事を片付けていく。
午後からは近所の図書館に出向いて勉強開始。
こんな生活を続けていくが、どうも精神的なストレスからか自分の病気の程度が酷くなった。
強迫性神経症というのは非常にやっかいな病気で、見た目からは全然分からない。いわゆる脳の病気(一部では『心の病気』とあるけれど、私はこの表現が嫌いで使わない)で、脳内の化学物質のバランスが悪いことから起きている。そこを薬でバランスを整える。で、これまでのパキシルだけではパワー不足なので、エビリファイという新薬を投入。結果、これが功を奏し普通に生きていられる。


12月。
基本的には10〜11月の延長。しかし、父親は仮病でもこいているのか、いっこうに仕事をしようという姿勢が見られない。具合が悪いからだとか言っているが、休みになればヨタヨタ歩いて飲みに出掛けている。
本心では、

死にやがれ、このヤロー!!

とでも叫んでやりたいけれど、そこをぐっとこらえる。
世の中には親殺しをしてしまう子供がいるけれども、彼らの気持ちがなんとなく分からないでもない…。もちろん、殺人というのは肯定されるべきことではない。しかし、人をそこへ突き動かすなんらかのエネルギーが絶対に存在するはずだ。そして、そのエネルギーはとてつもなく大きく歪んでいるはずだ。そのエネルギーが生まれる場所として、私は『憎しみ』がほとんどなのではないかと思う。だいたい、子供が親を殺めるという場合、この『憎しみ』のエネルギーからしか考えられない。憎しみという感情はダークサイドが発祥であるが故に、そのパワーはとてつもなく巨大でどこまでも膨らむ。憎しみはさらなる憎しみを生み、怒りを生み、そして、最終的には当人の精神を破壊するに至る。

話が長くなったけれども、憎しみは良くない。
『Star Wars』を見るまでもなく、憎しみや怒りといった感情に囚われたアナキン・スカイウォーカーの末路は痛々しい。どんなに憎しみや怒りが沸いてきても、それを抑える理性と良心が大事なのだ。

そう考えれば、私はこれまでに何度もとてつもないレベルの憎しみと怒りを抱き続けていながらも、殺人にまで至ってないし、人間の行動真理を把握するための材料として再利用するようにしている。少しはいい人間になれているのかもしれない…。

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