2006年7月31日月曜日

夕立のあがった後

 
図書館で勉強をしていると、外で雷のすごい音が…。

「ああ~、これはひと雨来るなぁ…」

と思っていたら、窓の向こう側で電車が走っているのかと思えるほどの轟音がしてきた。
それを合図にか、雷鳴がドーン!!
もうひとつオマケにドーン!!!

30分くらい降ったあと、雨音は止んだようで雷もいつのまにか止んでいた。

そして、閉館時間の5時がやってくると館内には閉館のチャイムが流れる。
あれ、何の曲だっけ…?いつも耳にしているのに、有名な曲のはずなのに、どうしてか思い出せない。

ま、いいか。また別の機会に思い出そう。

 

帰宅の最中になんとなくスナップ写真を撮ってみたくなってので、ケータイで「おっ!」と思ったものを次から次へとカシャ。
公園の中の植木には、ザクロがあったんですねぇ。
気がつきませんでした。自分が子供の頃にはなかったように思うから、後から植えられたものなのか?
いや、でも、昔からあったような気もする…。
記憶があいまいになっている!!

試験ではこんなことがないように、日々テキストの内容を脳の中に刷り込んでいかなければ。

しかし、スナップ写真っていいなぁ。

いつか旅行に出掛けたときには、カメラ片手にいろんなものを写していこう。 Posted by Picasa

ななちゃんのお姉さん



岡山からおそらく全国に羽ばたこうとするであろう、民放の女子アナの1人を紹介。

岡山で美人のアナウンサーと言えば、おそらくこの人が筆頭に上がるでしょう。

中島有香さん!!


そんな彼女の人気が、ついに『まるわかり!中島有香』なる本を発刊する原動力となった!!

女子アナの本でテレビ東京の大橋未歩アナウンサーのものは知っているが、地方局のアナウンサーの本は未だ聞いたことがない。

この本は岡山の書店にずらりと並び、コンビニでも販売されるらしい。
サイン会もいくつかの書店であるようなので、時間があれば是非…(たぶん、時間ないけど)。

でも、この人、テレ東のワールドビジネスサテライト〈WBS〉で見たような気がするんだけどなぁ…。
以前に地方を特集した際に、出演したことはあるらしいのだけど、私が言っているのはそんなレベルじゃなくて、レギュラーとして毎日出ていた印象がある。たぶん、別の人なのだろう。トレたまのコーナーによく出ていた人になんとなく似ているから、それで勘違いしたのかもしれない。

何はともあれ、ベストセラーになることを望む。

ちなみにアマゾン等でネット販売もしています。

2006年7月29日土曜日

『〈こころ〉の定点観測』

 
昨日は意気消沈したまま、持病の定期診断に出掛けて、この本を待合室で読んでました。
これは作家なだいなだ氏編纂による、「こころ」をめぐる昨今の事件や社会現象を10名の異なる分野からの報告・分析を論じているものです。

中でも印象的だったのは、編者なだいなだ氏の「社会が病むということ」という彼自身の社会現象分析論でした。

少年犯罪がテレビや新聞で毎日のように取り上げられるようになって久しいですが、果たして「少年犯罪は増えた」のか?
犯罪白書を見てみると、平成に入ってから青少年による犯罪の検挙率は下がってきていて、昭和末期が一番ひどい。まぁ、あくまでも“検挙率”なので、実際のところは分かりませんが…。
しかし、ある意味では私たちの社会に対する認識は、マスコミによる報道によって大きく歪められていることは否定できない。

最近のニュースを見てみると、別に「キレやすい」のは少年少女たちに限らないし、「キレている」人たちは大人の社会にもたくさんいます。会社や官公庁なんかにもいるでしょう?

そう考えて見ると、著者の言うとおり、少年犯罪の増加はマスコミが作り上げた幻想なのかもしれない。
テレビであれば視聴率、新聞であれば購読率(か?)を競うがあまり、マスコミ各社はスクープを追う。そして、ニュースを大袈裟に報道することにより、視聴者の関心を引きやすくなる。
毎日、俗に凶悪犯罪と呼ばれる類のものはあちこちで起きているのに、力を入れて報道するのは10代による犯罪だったり、センセーショナルな背景を持つ事件ばかり。それらの報道はあまりにも脚色され過ぎていて、事件の本質が見えてこないことが多い(あと、キャスターと呼ばれる人たち、自分のコメント入れすぎ!!それはマスコミによる扇動に繋がる)。

なだいなだ氏はこういった現象を『社会が病んでいる』と表現している。
バブル期には、今では信じられないような奇行がまかり通っていた事実を取り上げ、時代ごとに人間の感性というものは大きく変わってしまっている、と述べている。

例えば、自殺する人間は精神的に弱いから…というコメントが今の世間では多いけれど、昔は勇気がないからというのが主流だったらしい。それは戦前・戦時中のころ、赤紙をもらって出兵に向かい、国のために命を散らすことができない者は“勇気がない”
という評価を下された。だから、それができなければ自害するという風潮にあったらしい。
それに、戦時中の日本の軍政府による操作された誤報道の多いこと!!

当然、今では考えられないことがまかり通っていた。
まぁ、政府による報道の規制っていうのは、ちょっと前に世界一の大国でもありましたけれど…。

さて、今の社会は病んでいるのか?

私の意見はYES

先の戦争に対して責任を抱いている天皇が靖国神社に参拝するのを否定しているのに、靖国参拝を”個人の心の問題”と誤魔化して自らの行為を正当化しようとしているのが、この国の首相なのだから病んでいるでしょう。何でもかんでも“心の問題”で済むならば、力を持ったマスコミが弱者を攻撃したとしても、「それは〈その報道を受け取る側の〉“心の問題”でしょう?」の一言で済まされてしまう。

モラルの欠如という言葉が今朝の新聞にも載っていたけれど、本当にモラルが欠如しているのは誰なんでしょうね…。 Posted by Picasa

一夜明けて…

どんな場面に直面しても、
今は修行中だと思えば
渋柿からもよき教訓を得ることができる
           - 山室 軍平 -


いい言葉があるものです。

昨日は群馬に願書を持って行くはずだったのですが、諸般の理由で実行不可能となり、事実上、群馬大学の受験は見送りです…。

これのせいで、精神的にものすごいダメージを食らっています。
おかげで昨日はご飯が喉を通りませんでした…。

しかし、上述の言葉通り、何事からも学ぶ姿勢が大切です。

『この世に偶然はない。必然のみがある』

とテレビで誰かが言ってましたが、

『これも起こるべくして起きたんだ』

と自分を納得させて、できることをやっていくしかないです。

2006年7月28日金曜日

群馬大院医・医/入学案内/学士編応募要領と募集要項

群馬大院医・医/入学案内/学士編応募要領と募集要項

こんなものを今さら紹介しても遅いのだろうけれど、医学部学士編入というものがどういうものかを知っていただくための参考として、群馬大学の募集要項から情報を少し拝借。

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1.目  的
多様化する社会のニーズに対応するため、自然科学系の幅広い知識、科学的思考力、明確な目的意識を持ち、医学・医療を学ぶのに適した人材を選抜し、高い倫理観・使命感を持つ医師、医学教育者・研究者を育成します。

2.募集人員
15名

3.入学の時期及び入学年次
平成19年4月に第3学年へ編入学します

4.出願資格
出願できる者は、次の各号のいずれかに該当する者とします。ただし、医学部医学科(外国の医学校を含む)を卒業した者又は平成19年3月までに卒業見込みの者を除きます。

a 修業年限4年以上の大学を卒業した者(学士)又は平成19年3月までに卒業見込みの者

s 大学院修士課程又は博士課程を修了した者又は平成19年3月までに修了見込みの者

d 学校教育法(昭和22年法律第26号)第68条の2第4項の規定により学士の学位を授与された者又は平成19年3月までに学士の学位を授与される見込みの者

5.出願受付期間
平成18年7月24日(月)~7月28日(金)【必着】
ただし、7月28日(金)に限り13時から16時(時間厳守)までの間、窓口への持参を認めます

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というような感じです。

試験の方は小論文が課されますが、過去問を拝見したところ、文系出身者であってもどうにか対処できるものであろうとは思いますが、生物の知識は必須です。最低でも高校レベルの生物はマスターしておかないとチンプンカンブンでしょう。望むべくは大学教養レベルの生物の知識。分子生物学、免疫学、生理学、生化学の知識があった方がいい。

どうやってそれらを勉強するのか?

それは大学で使うようなテキストを読んでいくんです。
それしかありません。

しかし、高校生物がマスターできていることがあくまでも最低条件です。そこをクリアできなければ、分子生物学あたりは厳しいでしょう。『オペロン説』なんて初めて目にしたときには、何のことだかさっぱりでしたもの…。

そんな感じで、学士編入の勉強は今夜も続きます。

iPod情報局: えっ、復活?Apple Storeで懐かしのiPod mini販売中!

この記事に関しては、「何で今頃そんなこと言ってんだよ~」という感想のみです。

結構前からiPod miniがアップルストアで再販されていることを知っていたので、彼女にピンクを買ってあげようかと相談したんですが、「iPodは要らない。それよりもっと深いものが欲しい」と断られました。

私はiPod miniユーザーですが、定価よりかなり安くなっているiPod miniにはやや複雑な心境です。

さて、そんなことよりも、明日は群馬行きです…。まさか、こんなことになるとは思いませんでしたが、ぶっちゃけブルーです…。そう、願書を提出するのに群馬まで行かなきゃならんのです。片道に6時間か…。遠いなぁ・・・。

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2006年7月22日土曜日

犬肉 VS. 鯨肉

Japanese JoongAngIlbo

犬肉と鯨肉を比較するのはどうかと思うけれども、韓国内で犬肉の食用を7割以上の人々が文化であると意識しているのだから、日本人も鯨肉の食用をきちんとした文化だと考えればいいのではないか?

もちろん、そんなことを言えば、グリーンピースをはじめとする自然動物愛護団体から集中砲火を浴びそうであるけれど、鯨だから食用はダメだなんて理屈はおかしすぎる。

じゃあ、犬はいいのかよ?って話に絶対になる。

私は大の犬好きで犬を食べるなんて行為自体考えられない。
でも、それを文化として見るならば、それはそれでありなのかもしれない。
すべての生きとし生けるもの、何かを食べて生きなければならない。

ジャングルやサバンナ、自分の家の庭で繰り広げられるサバイバル劇はまさに弱肉強食で、ある動物の生命は他の動物の生命の犠牲の上に成り立っている。それが自然界の法則だ。

そう考えると、ヒトが他の動物の生命の犠牲の上に生きていくのも、何の不思議もない。
ただ、許せないのはヒトが他の動物の犠牲をきちんと生かしているかということ。

私はややセンチメンタルなのかスーパーに行ったりすると、どうしても生鮮食品、精肉食品が気になってしまう。
それはただ単に、私がそういうものを好きだからではなく、

『この子達、きちんと完売されるんだろうか?』

という心配に基づくものなんである。

売れ残りの牛肉、豚肉、鶏肉、鮮魚等を見ることほど、辛いものはない。
売れ残りの肉や魚がどういった処理をされるのかは知らない。
願わくは、家畜動物のえさになっていたりしてもらいたい。
なぜなら、そのまま捨てられてしまっては、彼らの犠牲はいったい何だったのか?

ずいぶんと話が飛躍してしまったけれど、他の動物の生命を奪うなら、それなりの代償を払うか、その生命を無駄にしないようにしなければならない。

2006年7月21日金曜日

いい写真を撮ってみたい。

写真というものに興味を持ち始めて、日常の生活の中で見かけるものに対する感覚が変わりました。どう変わったのかといえば、“面白さ(=興味深さ)”“一瞬のきらめき”のようなものを見つけようとしているのかなぁ~。

例えば、プロのカメラマンが撮った朝露の写真なんか、とってもみずみずしくて生命力に溢れてるやつがあるでしょう?ああいうのが撮りたいんですよね。

と言いながらも、手元にあるのはコンパクトデジカメ…。
これではどう頑張っても、そのような写真は撮れないわけで…(汗)。
いや、もしプロや写真通の方々からすれば、

それはきれいに撮る腕がないだけであって、カメラの種類には関係ない

のかもしれない。
まぁ、私には機材もテクニックもありませんが…。

そこへアップルのサイトテラウチマサト氏へのインタビューが載ってました。

大切なのは企画力で、それがしっかりしていると、何気ないシーンも突然輝いて見えたりするんです。それは日常を撮る場合も同じで、たとえば「私の生活する街」というテーマを決めると、自分の半径数十mくらいの世界でも、きっと新しい発見があるんじゃないかと思いますね。

(記事より抜粋)

とテラウチ氏が語っておられました。

そう、まさにこれなんです、私が求めているものは!!

日常の中で固定観念に縛られてないか?
そんな思いを逆転させる、もしくは、自分のすぐ身の周りにある美を見つける、というコンセプトが私の中にはありそうです。

こんなことを書いていますが、別に写真家になるつもりはありません。
あくまでも趣味の範囲です。もちろん、趣味がプロの領域に入ってしまうほどの腕前を持つ方もいらっしゃいますが、私がそのレベルにまで達するかは、また別の問題で…。
被写体が動植物や風景が多いので、人物も撮ってみたいなぁと思うのだけれど、今のところは予定なし。

いつも読んでる『エッセンシャル細胞生物学』の挿絵でも撮って遊ぶか。

2006年7月18日火曜日

もっと外国語を理解できたら…

私は日本語と英語が話せるのだけど、このBloggerにはもちろん日本語や英語だけでなく、他の言語によりブログも存在する。
そんなブログを見つけては、
「何とかいてあるんだろう?」
と不思議に思ってしまう。否、不思議に思うのも束の間、次の瞬間にはその言語が分からないことに不満を抱いている。
 
先日なんかアラビア語のブログを見つけたときには、普段見慣れない言語で書いてあるためにとても興味を持った。しかし、読めない…。アラビア語に関して知っているのは、アラビア語は右から左へ文が綴られているということ。日本語では縦書きのときに右から左へと書いていくけれども、アラビア語の場合は横書で右から左に動いていく。その感覚がとても奇妙なのだけれど、興味を抱いてしまう。是非、読みたい。
 
実は昔に大学受験をした際に、大阪外語大のペルシア語学科を受けており、もしそれに合格していたら人生変わっていただろうなぁ…と思う。

How to Walk Like a Catwalk Model - WikiHow

How to Walk Like a Catwalk Model - WikiHow

I'm not sure of how many girls want to look, dress, and be treated like a model. Well, my guess to it is just "many."
Especially, a model called "Ebi-chan" is a center of attention for twenty-something ladies in Japan.
"Ebi-chan" is a nickname for Yuri Ebihara. She looks pretty and cute, but she is not far removed from most of girls in Japan. She seems a girl next door somewhat.

Anyway, being a model is not easy.

First of all, you must have an attractive look and figure, not fat but not too skinny.
Then, needless to say, a model must have an excellent fashion sense.
Then, you've got to master a CAT-WALK!! Meow!!!

I have no clue of why people call the eccentlic walk as a cat-walk. That is simply because the way a model walks is similar to that a cat does.

As you read the linked article above, the cat-walk is not easy at all. It takes you time and labor to master the special walking method. Bssides, you would get injured for doing it if you do not wear a proper pair of shoes.

I am not interested in how to walk like a cat-walk model, but I am in how to be photogenic. And, I am interested in how to shoot people beautifully as well.

Anyway, when you practice cat-walk, watch your steps. Otherwise, you'll get sprain.

心筋梗塞に関与する遺伝子型を発見 リスク1.45倍 - サイエンス

asahi.com: 心筋梗塞に関与する遺伝子型を発見 リスク1.45倍 - サイエンス

遺伝子を制する者は、生命を制する…ということか…。

それにしても、ゲノム解析の進歩により“かかりやすい病気”と“かかりにくい病気”を見分けられるようになったことは、全くもって驚き以外の何物でもない。

でも、その人がかかりやすい病気というのが明らかにされてくると、やっぱり医療保険の問題が浮上してくるでしょうね。

「あなたはがんになりやすい遺伝子をお持ちのようですから、月○○円のこのコースなんてどうでしょう?」


のような会話が行われるのかもしれない。

しかし、自然はいつも人間の生み出す技術の一歩、二歩先を歩いている。こうし技術革新が行われ、生活が便利(?)になると同時に新しい問題も浮上してくる。

いたちごっこなわけです。

2006年7月17日月曜日

京都・祇園祭の山鉾巡行 あいにくの雨で人出伸びず(07/17 13:43)

それはそうだと思います。

この雨の中で、山鉾がやって来るのを待っているのも辛い状態でしょう。

どうやら、今週いっぱいは全国的に雨模様のようですね。

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2006年7月16日日曜日

“頑張る”は最低ライン

昨日、2週間に一度の病院での定期診断を終えて家に帰り、晩御飯を食べたあと、先日現役引退を表明したサッカー選手の中田英寿の引退特番をやってた。裏で『26時間テレビ』をやってたけど、自分にとって有益なのは言うまでもなく、中田英の方だ。

番組では、彼がどのようにして日本のサッカーに貢献して、そして今回の引退を決めたのかについて、彼自身によるW杯での日本チームの全試合の分析とインタビューによって構成されていた。

番組中、忘れられない言葉があった。
『"頑張る”ことはプロとしては最低ラインのことであって、そこから何ができるかが大切』
正直、この言葉は私の頬を叩いた。



私自身、サッカーはやらないし、サッカーを観ることもない。
それでも、なぜか中田英寿という人物には惹かれるものが常々あった。
それは彼が常にプロフェッショナルとしての仕事(=サッカー)を意識してプレーしていたからだろう。そして、それはピッチの上だけでなく、普段着の彼自身からも表れていた。

彼の言葉はどれも的を射ていて、自己の問題点を意識している者にはグサリと来るものがある。

決して問題点を見過ごそうとはしない。

何が良くて何が悪いのか、それを客観的に捉え分析し、次につなげるための解決策を説いていく。

コーチングに関する本がちまたに溢れている中、実際にこういうことをできる人は少ない。
それは日本人にとっては苦手な"衝突"を生むからだ。和の精神では、突出した個を疎む傾向がある。何も和の精神が悪いといっているのではなく、"和"であることばかりに目がいってしまっているのが良くないのだ。

ある集団内で問題が発生したとき、その問題を解決するために集団がしなければならないことは、その"問題を確認し解決していく"ことである。決して足並みを揃えることではない。

最善の解決策を考え導き出した末に、足並みを揃えるということが必要なのであれば、それは必然のことだと思う。しかし、何が問題であるかを確認し、分析を始めていく前に足並みを揃えることを意識してはならない。このとき、集団は集団でありながらも、“個゛の集まりとして動かなければならない。

そして、何よりも大切なのがその“個”が自分自身の問題として、提示されている問題を捉え分析し、解決を導き出すということなのだ。

普段何気なく新聞やテレビで世間で起きている事件を、他人事だとは思っていないか?
もし自分が同じ立場であれば、どのような行動をするのか?
そのとき、自分は目の前の現象に冷静に対処できるのか?
この事件の背景には、当事者のどのような社会的背景、心理的条件などが関係しているのか?

これらのことを私自身に置き換えて考えてみると、中田英の言葉は、私が問題視していながらも対処できていない部分を目の前に改めて提示してくれた。否、「目をそむけてはいけない」と突きつけられている様な気がした。
それは私のメンタル的な弱さ、それ以外に他ならない。

サッカー日本代表は最後のブラジル戦で、4-1と3点差を開けられ、中田自身も「このゲームをひっくり返すのは不可能」と昨夜の番組中で語っていた。

シュートを打てない。ボールも取れない。
それで走ることさえ止めてしまったら、それは本当に負けだ。
逆転なんかできないと分かっていても、プロとしてボールを走って追うことまでを止めてしまったら、プロとして失格だ。


そんな言葉を語っていた。

私自身、そんな状況に身を置いているのだ。
彼と同じような気持ちで、その状況の中でやり尽くせることをやらなければ、自分の中の自分に三行半を突きつけているようなものだ。

だから、中田の言葉にハッとしたのだ。

いつも意識のどこかで気にしていながら、そこに本気で取り組めていない自分がいる。
全力で走っていない自分がいる。

本当に戦わなければならない相手は自分の内にいる、とよく言うがまさにその通りである。
己に勝つことによって、初めてさらに上の高みへと上れるのだ。

中田も同じことを言っていたけれども、“頑張る”という言葉は、私自身あまり好きではない言葉だ。それは“頑張る”の持つニュアンスがすごく曖昧だからである。

頑張ればそれでいいのか?ということであって、結果が問われるシチュエーションにおいては頑張ることなど最低条件のなにものでもない。

その最低条件をクリアした上で、どういう結果が残せるか。

もしくは、

求めている/求められている結果を得ることができるか。

ということだ。

私には成し遂げるべきことがある。

2006年7月15日土曜日

羊毛→ひつじげ、子孫→こまご… 学力低下どうフォロー

ぶっちゃけ、これは国家の一大事です。

たかが国語…と侮ることなかれ。国語こそが国を支えていく屋台骨なのだから。たしかに、私自身も小学生の時代に「白糖」を「しろもも」と読んだ覚えはある(汗)。しかし、「子孫」を「こまご」、「羊毛」を「ひつじげ」と読んだ覚えはない!(←五十歩百歩か?)

しかし、どうしてこんなに今の小学生の識字率は低いのか?ちゃんと塾に行って勉強してるんじゃないの?それとも、塾では文字の読み方を教えないのか?だいたい、塾に行かなくったって読書をしていれば、自ずと文字は読めるようになる。ついでに、言葉の意味も分かるようになる。今回のこの調査報告では、小学生の読書週間については何も取り上げていない。

読書は人生においてとても大切だ。「大人になったらいくらでも読書できる時間はあるんだから…」と子供に諭している大人がいるとしたら、私はその人たちに問いたい。「では、あなたたちは読書をしているのか?」と。おそらく答えはノーだろう。「子供のうちは勉強に打ち込んで、いい中学、いい高校、いい大学に入って、いい会社に就職できればいい」などと考えている親ほど、実は読書の大切さを知らない。そして、当人たちも本を読まない。

確かに。大人(ここでは大学生としておくとして)になれば、読書をする時間はいくらでもできるだろう。しかし、小学生のとき、中学生のとき、高校生のときでしか持ち得ない感性というものがある。私が小学生の頃、夏目漱石の『我輩は猫である』を初めて読んだ。忘れもしない小学5年生の夏休みの読書感想文に、私は『吾輩は猫である』を選んだのである。近所の図書館で上下2巻を借りてきて、ただひたすら読んだ。当時の自分にとって、あのくらい長い物語を読むのは初めてだったので、物語の前後関係が分からなくなってしまい、読書感想文には物語の一部分のことについてのみ語ることにした。それから数年後、中学生になった私は夏目漱石の作品をすべて読み漁っていくようになっていった。小学生の頃に読んだインパクトのせいか、夏目漱石の文章は自分にとってとても小気味良かった。そのときは『我輩は猫である』を再び読むことにした。小学生の時分に読んだ内容を少し覚えていたので、読みながらどこか懐かしい感じがした。そして、この作品がいかにユーモアに富んだものかをようやく実感することができたのだ。その後、『こころ』や『坊ちゃん』、『草枕』などを読み進めていった。私の日本語の原点は、まさに夏目漱石の作品にあると言っても過言ではないと思う。

延々と自分の話ばかりになってしまったけれども、それだけ読書は大切なものだと私は考えている。そして、どれだけ肌広く奥深い読書をしたかが、その人の人格形成に関わってくると思う。私は純文学一辺倒だったので、どちらかと言えばカタブツの部類の人間になるんだろう。でも、それが悪いとも思わないし、恥ずべきことでもないと思っている。強いて言えば、私は純文学という土壌で育ったことに誇りを持っている。日本のみならず、世界の文豪たちが後世に生きる私たちに遺してくれた遺産が、不朽の名作と呼ばれる作品群なのだから。

話がだいぶ逸れてしまったが、今の小学生に読書が足りないということなら、学校側は始業前の10分間でも読書に当てさせるべきだ。嫌がる子供いるかもしれないだろう。しかし、子供が嫌がるからといって、本を読ませないというのは教育者側の怠慢でも何物でもない。教育者であれば、子供たちに読書の面白さを教えるべきだ。学校の先生方も今の教育現場ではいろいろと規制があったり、保護者や教育委員会からの圧力があったりして、なかなか居心地の悪い思いをしているのだろうが、教育者としての心意気を見せて欲しい。

10代の子供たちに如何わしいことをして、警察の御用になっている教職員がやたらと多いこのご時世だからこそ、真の教育者のあるべき姿を見せてもらいたい。

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Macをモダンリビングに…

こんなことができるのは、 Macならではのデザイン性の高さがあるからに違いない。

どの写真を見ても、Macがリビングにぴったり収まっている。
キッチンカウンターにMacBook、リビングにはMac mini(か?)、書斎にはiPodとiMac。
いいねぇ、すごくいい。
自分が住む家もこんなふうにしてみたいよ。カッコいいもん。

2006年7月14日金曜日

腕がいいのに女癖が悪くては…:日経メディカル オンライン

こんな人、漫画の世界にしかいないものだと思っていたが、やっぱりいるんですね。この記事を読む限り、外科に多いようだ。

やっぱり外科は「切った張った」の世界だから、まさに腕っ節ひとつで医師の技量が問われる。

ブラックジャックがたとえ無免許であっても、死に掛けている患者を死の淵から救い出したり、オペ不可能と言われる部位の手術をこなしてしまったりしたら、それはピノコでなくともクラっと来ると思う。少し昔では『スーパードクターK』なんてのが少年マガジンにいた。彼も外科医で、外科医の前に『天才』という形容詞がつく。『北斗の拳』のケンシロウのような体つきをして、オペの腕はべらぼうに凄い。しかも、性格がケンシロウ並みにストイックな性格ときている。この人もやっぱりカッコいい。最近では『医龍』の朝田龍太郎が典型的な天才外科医だろう。この人は心臓外科専門で、バチスタをバシバシやっていく。

しかし、彼らに共通していることは、腕が良く、かつ、女癖は悪くない、ということだ。さらに、彼らには独特の影がある。なんらかの「誰にも話したくない過去」というものを持っている。そして、彼らの背中を見たとき、不意にその過去が見え隠れする。まさにブラックジャックはそのものだ。

しかし、医療漫画界のヒーローたる人物たちは、女癖が悪くあってはならない。ストイックでなければならない。ストイックに生きて、ただひたすら自らの医師としての、外科医としての腕を磨く。そこにロマンティズムがあり、ダンディズムがある。

こうして医療漫画の中のヒーローと現実世界の外科医の間には、雲泥の差がある。そうなると、漫画の中の世界は「キレイゴト」になるのか?それとも、私たち皆が望む医師としての「理想像」がそこにあるのか?

その答えは私自身が見つけていかなければならないことなのかもしれない。

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2006年7月13日木曜日

結婚にいたる道

同世代の人たちの結婚が報道されると、それなりにプレッシャーです。たとえ、それが「できちゃった婚」であったとしても…。

おい、それはないだろう!?

というのが個人的な感想ですが、結婚と妊娠を同時に完了するスタイルは定着してしまっている。一石二鳥だから、いいのかもしれないけれど。

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2006年7月12日水曜日

Psychology Today: Could You Learn 40 Languages?

When I was a teenager, I wanted to learn as many languages as possible. Being a multilingual was my dream then.

Years later, I barely master English as my second language. While at college, I tried to master German as well; however, I did not pursue mastering it. Instead, I chose to master psychology.... Of course, psychology is a science. There is no apparent goal where indicates "You've come a long, long way. You are a master of psychology." That is, there are lots to learn left here and there.

Anyway, according to the article in Psychology Today, the brain structures of the multilinguals are not far different from those of ours. Well, there is, in fact, one difference in the brain. Those who speak a number of languages have significant neuro-wiring in their brains. The same thing seems to be true to skilled musicians: they have unusual neural wiring in the auditory areas.

Years of leaning or mastering something could change not only the brain chemistry but also the brain wiring. In that sense, even a bilingual like me has a special wiring in the brain. That is, all of us can be a multilingual after all because I am not a gifted like most of us. I am just a man in the next door.

I had taught English to eager students at a language school for years. If I knew the fact then, I could have given them much better advices.

By the way, I do have a hard time in translating English into Japanese. Understanding in each language is quite easy to me. However, translation is another thing. I suppose that being a good translator requires good skills in the mother-tongue.


Well, if so, I have a problem in Japanese....

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2006年7月10日月曜日

ジダン現役最後は一発退場!

悲しいかな、ジダンはこれが最後のW杯になるだろうにこんな終わり方でいいんだろうか?

それに引き換え、ドイツのカーンは偉い。ドイツは決勝まで勝ち残れなかったが、開催国としての意地を見せてくれ、見事に3位に入賞した。これこそが、真の素晴らしいアスリートの姿だと思う。もちろん、中田英もそれに同じだ。自らの引き際を潔く決め、そして、次の自分がPlayするフィールドに向けて踏み出してる。今回のW杯で、人の生き方を示したくれたカーンと中田英には惜しみない拍手を送りたい。

Read more at topics.sports.livedoor....

2006年7月9日日曜日

I want to read this article!! New Scientist

Regaining consciousness: A life or death dilemma">Regaining consciousness: A life or death dilemma

This is a striking article.
I must have read this news somewhere on paper or net, but I did not pay any attention to it somehow.
Since I got free time in the morning, I found this interesting news again and read it carefully again.

According to the passage, a man who was considered in a permanent vegetative condition because of a car accident miraculously came back to life almost two decades later. Due to the car accident, there was a severe damage to his brain. And, most of all, he had been in a coma for nearly 20 years.

I have seen some miracles in someone's life so far.
And, I know that there are unbelievable comebacks from near-death situations, which are quite hard to explain them scientifically.
This news is one of those miracles.

2006年7月8日土曜日

昔の写真から

これは昔、会社員だった頃に慰安旅行でシンガポールに行ったときのもの。野良猫(?)がレストランの外にあるテーブルに残った食べ残しを食らいついていたところを激写(←古い?)。あまりにもこの猫が堂々と食べているので、思わずカメラを手に取り写真に撮ってしまった。猫は元来ふてぶてしい生き物だと思っていたが、やはりふてぶてしい生き物だと思った。
だからこそ、『吾輩は猫である』のような作品が成立するのだろう。夏目漱石は自分のうちにやってくる野良猫を見て、きっと同様に「猫はなんとふてぶてしい生き物なのだ…」と思ったに違いない。

そして、これはシンガポール旅行で撮った写真の中で好きなもののひとつ。
シンガポールにはモスリムの人達、つまり、イスラム教徒の占める割合が結構あるので、このようなモスク(もずくじゃありません!)が建っている。以前からモスクという建物に興味を持っていたので、これを見つけたときにはさすがに感動した。もちろん、中に入りました。日本のお寺とは外も中も異なるのだけれど、雰囲気は大変よく似ているような気がした。厳かというか、非常に格調高い雰囲気で神聖な空気に包まれていた。こういうの、好きです。

まぁ、これ以来、海外には出てません。
LAや韓国、台湾なんかに行きたい、行きたいとは常々思っているのだけれど、医学部に合格せずには行けれない、という思いがあるので、引き伸ばしになっているわけです。
走行している間にパスポートの期限も切れてしまっている。
今年こそ、医学部に合格してアメリカに住む友人を訪ねる予定である。
英語もしばらく喋ってないなぁ~。読んだり聞いたりするのは、ネットやPodcastなんかでやってるけれど、話すとなるとなかなか機会がない。Skypeをダウンロードしたから、それでひとつ話してみる、という手もあるか…。
さて、I have to go back to study.

2006年7月7日金曜日

山口大学1次試験の結果

山口大学の1次試験の結果を先ほど、山口大学の医学部編入学HPにて確認しました。
結果は残念ながら…がっくりです。400人近くの中から40人が合格してます(1次試験を突破できるのは40人)。

競争率は10倍かぁ…。
「競争率はそんなに高くないんだけどなぁ…」というのが自分の正直な気持ち。
それは昔、高校受験の際に競争率50倍というのを経験しているから。
まぁ、あんまりにも昔のことだから、それが定かなのかどうかも今となっては分からないけれども…。でも、自分の場合、特殊な試験で他の人たちに比べると、かなり狭き門であったのは間違いない。

ここで何よりも肝心なのは次へのステップだ。
この試験の結果から何が判断できるのか?
それが一番大事なこと。

今回、1次試験を合格に至らなかったということに対して、一体何が足りなかったのか?

と考えると、1にも2にも学力
それしかない。

感想としては、生物で満点を取り、さらに論文(英語)で8割近くを叩き出し、そして、出願の際の自己推薦書は中の上の出来であれば良い、という感じなんだろうか…。
いずれにせよ、自分はそのうちのいずれかが欠けていた。
だから、1次試験に合格することができなかったのだ。
ならば、次に控える岡大や群馬大の編入試験に備えて、それらの補強をしていくしかない。
それも自分がこれ以上はない、というレベルのもう1ランク上を目指して。

結果は結果として受け止め、これを次にどう生かしていくかが、今は一番大切だ。
ショックを受けて塞ぎ込んでしまうのは、後になってもできる。
とりあえず、今は前を向いて先に進むしかない。
長いトンネルを通り抜けようと思うなら、前に向かって歩み続ける以外に方法はない。

2006年7月6日木曜日

新しい髪形

昨日、散髪に行ってきました。

前に散髪したのは京都に住んでいた頃で、いつも行っているお店の人が
「これが今年最後のカットになりますね」
と言ってたのを覚えているから、ひょっとすると半年以上散髪に行ってなかったわけだ…(冷汗)。
いや、そんなことないんじゃないか!?いくらなんでも半年以上放置しておくか…?

ん~、でも、自分の場合はありえそうな気がする…(-_-;)
そのせいもあってか、かなりロン毛になっていたなぁ。
それはそれでいいだろうと思っていたんだけれど、さすがに夏を迎えるこの頃になると襟足のところが暑いです。だから、普段は首にタオルを巻いていました。もしくは、タオルで海賊巻きにしたり、ターバン風に巻いたりしてました。『Pirates of Caribbean』のジャック船長みたくはいきませんが、ああいうエキゾチックな感じは好きだし、自分に似合うんじゃないかなと個人的に思う。

しかし、やっぱりたすきに長し、帯に短しな長さの髪だったので、いっそのこときれいにしてもらおうと思って、一念発起して散髪に行ってきたわけです。でも、その計画は約1ヶ月前からあったのだけれど、いつもカットしてもらってたお店は京都にあるわけだから、ただ散髪のためだけに京都に行くわけにもいかない。だから、「今住んでいる地域で探すしかない」と考え、あちこちを探していたために最終的にお店に入るまでに約1ヶ月を要してしまった。

早速、ネットから「この髪型にしたい」というサンプルを探しプリントアウト。
それを持参して、生まれて初めてのお店で

「こんな感じにしてください」


と例のプリントアウトしたサンプルを差し出した。

そして、しばらく沈黙…。


私の髪をいじりながらサンプルと凝視すること1分。

「お客さんの頭の形と髪の生え方でいくと、このサンプル通りに…というのはちょっと難しいですねぇ…。でも、お客さんの顔の雰囲気なんかはよく似てるんですけどね(笑)」

とその跡に

「しかし、できるだけこのニュアンスに近づけるように頑張ります」

と職人根性を見せてくれた。

この続きはまた後日に(できれば明日にでも…)。

Fourth of July

It's July 6th in Japan.

So, it's sort of weird to write about Fourth of July, which is Independece Day of the U.S.. When I was in the U.S., Independence Day meant me "Fireworks." I could hear the sound of fireworks here and there in LA on Fourth of July. I wished that I could sing "The Star-Spangled Banner," which is the anthem of the U.S.. It's quite a shame that I could not memorize the whole song while living in the U.S....

Now, I live in Japan, so I do not hear "The Star-Spangled Banner" and fireworks any more on Fourth of July.

By the way, North Korea made a bad move.
I do not want to make a political statement here, but what they are doing is politically and ethically incorrect, I think.

I hope that we could accomplish the world peace by the end of this century.

2006年7月4日火曜日

ケロロ軍曹

今朝、わんこの散歩に出掛けていたら、田んぼのあぜ道に生えている草の上にケロロが2匹おりました。
それで思わずパチリ。
 
小指の先くらいほどのサイズだったので、きっとオタマジャクシからカエルになったばっかりなんだろうな~。
こういう小動物がしっかり生きているのを目の当たりにすると、なんだか嬉しくなります。 Posted by Picasa

落ちこぼれ高校から難関大学へ入学 メキシコ系の女子高生

アメリカンドリームは今でも健在だ。

livedoor ニュース - 落ちこぼれ高校から難関大学へ入学 メキシコ系の女子高生

LA南部にあるフレモントという町の名は知っている。でも、そこへは行ったことはない。
犯罪都市ロスアンゼルスなんて、かつては新聞やテレビで散々言われたけれど、実際に住んでみると「どこが犯罪都市だ!?東京の方がよっぽど犯罪都市だ!」なんて思った。

しかし、LAのダウンタウンなんかに行ったりすると、見るからに恐い場所は存在する。特に日本人街で著名なリトル・トーキョーの近辺はかなりヤバイ。だから、LAに5年住んでいて、リトル・トーキョーに行ったのは片手で数えるくらいしか行ってない。それに、用があんまりなかったし…。

さて、ポイントはLAの話ではなくて、アメリカンドリームの話。
アメリカで柄の悪い地域にある学校は、本当に柄が悪い。どうしようもなく悪い。
そして、そういった地域は決まって貧しいところだ。そして、ギャングが街のあちこちをウロウロしている。
そこで暮らしていくことはまさにサバイバルであり、それは大人にとっても子供にとっても違いはない。
そこで生まれついた人間にとって、生き方の選択肢は限られている。
エミネムの主演した『8Miles』にもあるように、日雇い仕事でその日その日を生き延びていくか、ギャングのメンバーになりギャング同士の抗争で銃の前に倒れるか、ドラッグディーラーなんかになって金をドラッグ中毒者から搾取していき警察の御用になるか、自分の可能性を信じて一発大穴を当てるか…。

エミネムは日常の鬱憤をラップという表現方法で晴らしていく中で、その才能Dr.ドレに見出された。
エミネムのその辺のハングリーな気持ちは名曲『Lose yourself』に表れている。

「掃き溜めのような場所から脱出する」というニュアンスで言えば、このニュースの女の子も同じだ。
「こんな街で終わりたくない」という思いが彼女にあったのかは分からないけれども、UCバークリーに入れる学力というのは半端ではない。上位レベルのさらに上位者がUCバークリーなんだから。そういえば、私の友人にもUCバークリーに行った人がいたっけ。彼はベトナムのいわゆるボートピープルの家族出身であり、彼と彼の妹はドイツの里親に育てられることとなる。『生きる』という意味の根本が、すべてが揃っている日本人のそれと異なっているんだろう。

UCバークリーに入学した女の子の兄や姉も優秀なカリフォルニアの大学に進学している。
その学力の基礎を作ったのは、彼らの両親による励ましであったに違いない。
海外でも日本でも、子供の幸せを思う親の気持ちは同じだ。
日本の場合、少しでもいい大学に入学させて、いい会社に入れるように教育に金を注ぎ込む。
「そんなにして家計は大丈夫なの?」
と思わずにいられないほど教育に投資する。子供にはちゃんとした教育と食事をさせ、親たちはカップ麺なんかを食べて凌いでる。
UCバークリーに進んだ女の子の家庭も例外ではないだろう。
でも、彼女らには塾に行くお金もなく、家計を支えるためにアルバイトなんかもしていたかもしれない。
そういう底力のある人は、やがて必ず報われる。
大学に行くお金がないという不安を取り除くために、大学側はそういう優秀な人材には惜しみなく奨学金を提供する。私がアメリカで暮らしていて、一番勉強をしやすいと思ったのはそこだった。

私自身、勉学だけでなくボランティア活動やクラブ活動を結構やったおかげで、いくらか奨学金をもらったこともあった。あのときは本当に嬉しかった。自分の努力が目に見える形で報われたと実感した。
日本でもそんなふうに優秀な人材には惜しみなく援助をしていく土壌が欲しいな、とつくづく思う。

2006年7月3日月曜日

お嬢様が日本を救う!?

シンプリシティならぬシンプリティという造語があるそうです。ちなみに、simpleとprettyからなっているそうな…。(simple + pretty = simpretty???)
その言葉の発端は女性誌『JJ』であるらしいけれど、シンプリティ以外にもプリンセス通勤というのもあるらしいです。

鈴木美潮さんのおブログdonnaによると、こんなコメントがあります。

プリンセス通勤」(略して「プリ通」)という言葉が斬新だったので、つい雑誌を購入してしまいました。ぱらぱらと見たところ、どうやら、「肩肘張らずに楽しいOLライフを謳歌しよう」というのがコンセプトらしく、リボンがついていたり、白かったり、ふわっとしていたりの、見ようによっては「お姫様」と見えなくもないようなテイストの服が紹介されていました。こういう服をきて、「楽しくきれいにミーハーに」過ごそうということのようです。

確かに、今年のトレンドは、このラインなんですよね。スーツでも、一時期のようなタイトスカートは少なくなり、ふわっとしたラインの木綿のスカートや薄い布地のプリーツスカートなどにジャケットを合わせるのが流行っています。これまでタイトスカート一辺倒だった私ですら、最近は、「ふわ」ラインのスカートを着たりしてるほどです。


確かに、街で「ふわ」ラインのスカートを着ている女の子をよく見かけるようになったなぁ。
そして、面白いのは鈴木美潮さんのブログの後半のコメントです。

ここで、思い出したのが80年代後半の「お嬢様ブーム」。(中略)とにかく、高級ブランドのバッグとかスーツが、異様にはやったような記憶があります。ワンレン・ボディコンブームもこのころですが、当初は、それもお嬢様の極みとしての流行だったような記憶が…。髪型も、カチューシャやバレッタを使ってサイドの髪を後でとめる「令嬢風」なのが流行っていましたよね。

ここでちょっと面白いな、と思ったのが、景気との関連性です。ちょうど、お嬢様ブームが発生したとされる86年から、実はバブル景気が始まっています。じゃあ、もう少し前に目を向けて、1960年代後半の「昭和元禄」と言われたあたりの歴史をひもとくと、このころ、プレタポルテ(高級既製服)が全盛となり、お嬢様イメージの吉永小百合さん人気が高まっている。ちょっと無理矢理かもしれませんが(苦笑)、お嬢っぽいイメージのものが流行る時というのは、景気が上向いていく時なのかも、では、本当に日本も本格的に景気が良くなっているという証拠なのかな、と思ったわけです。


思えば、テレビで深田恭子(以下、深キョン)の『富豪刑事』シリーズが最近では流行ってます。深キョンっぽくなろうとお姫様ファッションに身を包んでいる10代、20代の女の子をよく見かけたりします。さらに、『エビちゃん現象』の張本人こと、蛯原友里(以下、エビちゃん)は「ふわ」ファッションのアイコン(=象徴)。そうすると、まさに世は「お姫様」「お嬢様」ブームの真っ只中に違いない。

もし、鈴木美潮さんの見解通りに世相が動いていくとすると、日本経済は再び隆盛の時代がやってくるはずなんです。実際、ここのところ、日本の景気は少しずつ上向き加減になってきているので、世にお嬢様やお姫様が溢れかえったとき、日本経済はバブルの頃を越える好景気を迎えるのかも…なんて勝手な憶測を抱いています。そうなってくると、『エビちゃん現象』は『エビちゃん好景気』と呼ばれるようになるかもしれない…。なにせ、エビちゃんが出たCMはすべてヒットしてるわけだから、エビちゃんの一挙手一投足でこの国の経済はドーンと変わってしまうかも!?

やはり、ヒット商品を狙う場合、女子中高生~20代女性をターゲットにマーケットするのが一番いいんだろうなぁ。しかも、エビちゃんのようなカリスマ的存在がいると、その効果はさらに倍増する。これからのマーケティングにはこの商品の売れ行きを導く『カリスマ』という存在が欠かせないんだろうなぁ。

そんなわけで、昨今の『お嬢様』ブームは今後の日本の経済を大きく左右するポテンシャルを秘めているに違いない、と思うわけです。

2006年7月2日日曜日

Google Earthを体験。

Google Earth…前から気になっていたコイツをついに試すことにした。
早速、Google Earthのサイトからダウンロードして、Google Earthを起動させる。
すると、こんな画面が表れる。 
ここからマウスを使って、地球上のありとあらゆる場所の映像を映し出していってくれる。
もちろん、日本もきちんと映る。
でも、Google Earthの機能をフルに使おうと思うと、日本では使えない。

そこで、試しにアメリカの方へ行き、自分の通っていた学校を探し出し、そして、昔住んでいた場所も探し出した。そして、昔住んでいたところにマークをつけ、そこを出発点として、学校を目的地とすると車でどのルートを走ったらいいか、デモンストレーションを3D映像で表してくれる。これには感動!!
彼女に見せたいなぁ。これなら昔に自分が住んでいた町や通っていた学校をその場にいるかのように教えてあげることができる。

気がつくと、自分のネット関係のツールはすべてGoogleに集まっている。
日本ではヤフーとGoogleで2分されているらしいけれど、他の諸国では完全にGoogleの独占状態らしい。
今はPCを使ってるけれど、近いうちにMacに移行するので、MacでもGoogleは使いますよ。 Posted by Picasa

トロピカルなチェルシー

先日、セブンイレブンでチェルシーのトロピカルフルーツ味を買いました。 
本当はパインアメかバタースコッチ系のキャンディを買おうと思ったのだけれど、お店に全然置いてなかったので、代わりにこの風変わりなチェルシーを買ったわけです。

そして、買って正解だったか?
その答えはズバリYes!!

キャンディの種類は3つあって、マンゴー、キウイ、パイナップルの南国フルーツの3巨頭からなってる。
どれも美味しいのだけど、個人的にはキウイが一番美味しかった。
キウイの持つ酸味とヨーグルトの甘酸っぱさが程よく調和していて、酸っぱいのが好みの自分にとっては、まさにストライクゾーンでんがな。
その他のマンゴーやパイナップルも美味しかったのだけれど、酸味が少し弱かった。
そこの違いやね。

また今度買おう。 Posted by Picasa

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