2007年3月30日金曜日

自分に課せられた運命

父親の病気で医学部受験が頓挫し、いまや家業をすることになった。
おかげで『次期社長』というへんてこな肩書きがついてしまった…。

これまで一度も社長になるなんてことは考えたことはなかったので、「社長になるということはどういうことなのか?」ということを考えずにはいられない。

父親は社長と呼ぶにはあまりにも責任なさ過ぎで、ブレインは母親の方だった。
だから、本来『社長』だとか『代表取締役』だなんて肩書きは、母親が名乗るべきだとずっと考えていた。
そして、父親の病気により、私が次期社長とか言われ始め、それにも疑問を抱かずにはいられなかった。
やはり、当分の間は母親がブレインであり、会社の中核を担っているので、社長という肩書きは母親のものだと主張した。しかし、社長は男でなければならないそうだ…。

私は自分が社長になるのが嫌なのではない。
そもそも、実力が見合っていない肩書きを名乗ることに抵抗があるのだ。
母親はその器がある。しかし、社長は男性である方が会社にとっては良いというのだ。
人生経験からいくと両親にはかなわないので、「そういうものなのか…」となんとなく納得したが、それで私の悶々とした気分が消えるわけではない。

社長としての父親は全く参考にならない。
かといって、自分が世話になった会社の社長を思い浮かべても、どうも自分とはタイプの違う人間なので、これまた参考になりそうにない。

そもそも、社長とは何をする仕事なのかが分からない。
もし辞書そのままの意味をとらえ、会社代表としてあるべきなのならば、自分にはまだまだ学ぶべきことがある。家業における技術云々よりも、社長という職業をどうこなしていくかの勉強の方が肝心だ。

そういう意味で、ようやく前にいた会社の社長室にやたらと本が並んでいたのを理解できた。
社長になるということは並大抵の努力ではいけないのだ。
Better than bestを常に自分に課してなければならないのだ。

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