2007年6月17日日曜日

精神科という偏見をなくす

100分の1。

これが何の数値を表しているかといると、統合失調症の発症率です。
しかも、全世界共通の発症率の数値です。

100分の1。つまり、無作為に選んだ100人のうち、およそ1人が統合失調症を持っている、もしくは発症するわけです。
このことを考えると、統合失調症という病気がぐっと身近なものに感じられるはずでしょう。
しかし、残念なことに多くの人々は統合失調症という病気を誤解していることが多い。
その誤解はマスコミによる謝った、もしくは偏った報道に原因が少なからずあるのでしょうけど…。

しかし、私がここで言いたいことはそんなことじゃなくて、精神科というものに対する人々の意識のハードルを下げるべきだということ。

精神科に通っているというだけで、「かわいそう」だとか「危ない」とかいうイメージを抱かれることが多々ある。
ここでカミングアウトしてしまうが(というか、すでにしているけど)、私は強迫性障害を持っている。
だから、どうしても精神科のお世話にならずにはいられない。パキシルとエビリファイという薬を処方してもらってる。強迫性障害の治療を始めて約1年半。病気はかなり良くなり、いまではもうかなりフツー(の提議は難しいが)に戻っている。

私が精神科に通っているというだけで、「かわいそう」とか「哀れだ」という視線を送ってくる人もいるけれど、自分自身は至ってポジティブである。強迫性障害に限らず、精神科の病気の治療に絶対に必要なものは『ユーモア』である。これがあるのとないのとでは、治療に雲泥の差が現れる。だから、私は無理にポジティブになっているつもりはないが、私の病気自体を笑いモノにしているところはある。しかし、『精神科』とレッテルは自分が想像する以上にでかい。これのせいで人に偏見を持たれたり、酷いときには差別を受けるときだってある。

だからこそ、私は精神科医になりたかった。
知らない人のために書いておくと、私はいわゆる医学部再受験組だったのだ。大学で心理学を学ぶ中で、発達障害やその他の心身に障害を持つ人々が受ける偏見や差別を見て来たからこそ、自ら精神科医となり、精神科の持つ特殊なイメージをぬぐい去ろうと考えていた。しかし、いまとなっては家庭の事情により、医学部を目指すことは無理になったので、自分の哲学を誰かが引き継いでくれることを期待している。

だが、私の挑戦はこれで終わったわけではない。
精神科への偏ったイメージをぬぐい去るのに、私が精神科医である必要はないのだ。
いまの職業が何であれ、草の根運動ということはできる。
自分1人が発信できる影響力は微々たるものかもしれないが、それが誰かに伝わり、それをその誰かがまた他の誰かに伝えていけば、私1人の発信は想像を絶する影響力を持つ。
私はその力を信じる。

精神科であろうと、内科であろうと、外科であろうと、病気の程度があるだけで、精神科の病気が偏見や差別を受けてはならないのだ。

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