2008年5月21日水曜日

iPhoneはケータイにあらず

iPhoneが欧州、中東、アフリカで販売されるようになるというニュースが出てくると、2008年内にはiPhoneのアジア進出は期待していいんだよ…ね?

で、日本のどのキャリアで取り扱われるようになるのかは分からないけど、日本でのデビューは年内というのはガチでしょう。

DD:Doing Different: iPhoneが日本でブレイクするには、やはりボタンが必要なのか
確かにiPhoneが日本で販売された場合、親指で全てを完結できる日本の携帯に勝てるのか、という疑問と、そもそもiPhoneのような操作性を好む人がどれくらいいるのかという疑問がありますね。
たしかに、iPhoneはいままでの携帯電話のインターフェースを覆すようなつくりになっているので、従来の携帯電話に慣れている人たちにとって、iPhoneは魅力的に映るのか?という疑問も考えられます。

で、私個人としてはiPhoneという革新的なデバイスに対して、

「iPhoneはケータイにあらず。iPhoneはiPhone以外の何物でもない」



と捉えています。

これまでの携帯電話って、電話をかけることを基盤として考えて作られているので、どうしても0〜9と#と*のボタンは外せない。そこに囚われている限り、メーカーはiPhoneを作れない。でも、Appleはそこのところの概念から崩していったので、iPhoneを生み出すことができた。

Jobs氏も2007年のMacworldでiPhoneの発表をしたとき、「極力ボタンをなくそうと努めた」と言っているように、iPhoneのコンセプトに「ボタンをなくす」があったことはたしか。ボタンに関していえば、もうiPhoneはケータイという概念の範疇に存在しない。

そうなってくると、iPhoneは携帯電話って気がしなくて、iPodの延長線上にあるモノのような気がするんです。たぶん、AppleがiPhoneを作る基盤として思いついたのはiPod。まぁ、iPodが生み出される以前から、『iPhone構想』というものがあったかもしれないけれど、それはiPodの成功があってのもの。iPodとiTunesの成功なくして、iPhoneはどう考えてもありえない。

「ボタンが1個しかないって、ケータイとしてどうよ?」

っていう声が聞こえてきても、iPhone(というかApple)はたぶん微動だにしないと思う。だって、そこがAppleの狙っていたところだから…。

それに、iPhoneってApple Storeでのみ扱うはず(一概にそうも言えないけど…)だから、自ずと客層が絞られてくるんじゃないかなぁ。まずは敬虔なApple信者がiPhoneを手にとり、iPhone礼賛をする。そこからクチコミで「iPhoneやっぱスゴイ!!」ってな話になって、一般ピーポーもiPhoneを手にするようになる。

気になるのはiPod touchとどう棲み分けするのか?ってことですが、しばらくは放置されるんでしょうね、きっと。







↑このKeynoteは後世に語り継がれるものとなるでしょうね。

テクノラティ タグ :


Eyes on Tibet: ダライ・ラマ14世:独開発相と会談 チベット支援集会に2万5000人--ベルリン

0 件のコメント:

Zenback