2012年8月25日土曜日

反面教師から学ぶことは本当に多い:『「先回り」手帳術』

反面教師ってのは、なるほど何をすべきかをちゃんと教えてくれる。
 

以前から読みたかったこの本。

先日ようやくAmazonでポチりました。
 

手帳術に関しては結構な数の書籍を読んできて、

「もういい加減、手帳術参考書ジプシーはこれで最後にしよう」

と手帳術に関してのラストリゾートとして読み始めました。

「嫌」という感情は、あなたに理想の状態に到達する「解決策」を教えてくれるサインなのです。

この解決策として私たちが折に触れて思い出したいのが、「反面教師」です。

たとえば、僕にとっては愚痴をいう人が反面教師としての「嫌」にあたります。
(中略)
反面教師は、あなたを進化させるのにもっとも有用な教師です。なぜなら、反面教師が行っていることと逆のことをすればいいだけだからです。 

自分の場合も「愚痴をいう人」が反面教師に当たりますね。ただ、普通の愚痴ならば、僕は結構流してしまいます。さほど気にならない…というか、ある程度の耐性がついているんでしょうね。


しかし、僕の中に抗体が存在しない愚痴の種類があります。それは親や親戚に対しての愚痴です。

もちろん、僕自身、ついこの間までは親の愚痴を言うことがありました。が、他人がその人自身の親の愚痴を言っていることに対して、ものすごい不快感を感じていたんですよ、僕は。不快感を通り越して、嫌悪感になってました。

そのことに対して、僕はいつも「何なんだ、コイツは!?」というところで思考が止まっていたのです。

そして、上記の文章を数日前に読んだときに、自分の中で

「あー、なんだ!そういうことなのか!!」

と何かが弾けました。分かったのです、自分がどう変わればいいのかが。

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photo credit: Mohammed Alnaser via photo pin cc


あまり具体的なことは書けませんが、親に対する愚痴をこぼしているのは、まだまだ親に甘えていることなのだと思います。特に家族経営している会社組織の中では、こういう現象はとても顕著です。

「若い自分が会社を変える」とちょっと前までは自分も意気込んでましたが、所詮それは知らなさすぎたから言えてたことであったのです。実際に、両親が今までやってきたことを振り返ると、彼らの後ろには道ができているのです。その距離は半端ではない。自分が子供の頃から、それ以前の頃からずっと道は続いているわけです。

そこへ経験浅く、頭でっかちの若輩者が何を言ったって梨の礫です。

それが分かった時点で、もう親への愚痴を言うのは止めました。止めたというよりも、愚痴が感謝の思いで塗り替えられました。

考え方が変わると、親の言葉も素直に聞けるようになります。自分も二児の父になっているわけで、親の苦労も幾分か分かりました。


今の自分はまさに「親の目を持った子供」。ハイブリッドです。ものすごく素直になっています。


自分が嫌だなと感じることに遭遇したら、まず考えてみてください。それが「反面教師」になっているのかを。もしそれが反面教師になっているのであれば、自分がまだ理解できていないことを知るきっかけになります。

なので、「嫌」という気持ちは他所を追いやらず、よく観察してみましょう。

 

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